1 PSA値上昇

ていいちOTP

 ずっと長い間“私はガンにならないんじゃないかなぁ”と思っていました。これと言った確証があった訳ではありません。最近テレビなどでよく取り上げられる〈正常性バイアス〉でしょうか、それが私の胸の奥にも存在したのです。
以前から妻には、ガンになったら絶対に告知しないで欲しいと話していました。ガンになるなんて怖くて耐えられないに違いないと感じていたからです。


 それに似たことですが以前から妻に念を押してあることがありました。それは『私が死んだなら火葬する際にきちんと死に切ってからにしてくれ』です。焼かれるとき炎の中で意識が戻ったりした時の恐怖を思うからです。小心者で怖がりなのです。でもそんな意気地のない性格のおかげでイチかバチかの勝負をせず、言葉を替えれば『堅実に』暮らしてこられたのかも知れないと思っています。


 約5年前、毎年受けている市主催の健康診断で、オプションの前立腺ガン腫瘍マーカーのPSA値の検査をどうするか尋ねられました。“ガンにならないだろう”と正常性バイアスでボンヤリ感じていたので、検査を受けないと答えました。するとその中年の看護師さんは『70になると前立腺ガンが発見される人が多いので、来年は検査をされた方がいいですよ』と声を掛けて下さったのです。ほんの少し気になりましたが、その年はPSA値の検査を受けませんでした。


 その次の秋(H26)、年度末に70になるのでPSA値検査を受けました。しかし結果はグレーゾーンとのことで経過観察になりました。なんだか少し心配な気持ちになりましたが“ガンにならないだろう”感が心の中でまだまだ優勢でした。それに検査の結果が〈経過観察〉なのだから来年の検査の結果が出てから考えればいい。心配しても仕方がない。そんなごくごく軽い気持ちでいました。のちに前立腺ガンが確定した際、ふと思い出して「あの時、経過観察と言われても積極的に検査を希望していればよかったのかも知れない」と考えたこともありました。しかしきっとそうではなかったでしょう。早過ぎれば針生検で引っ掛からなかった可能性もあるからです。私の場合、12本の内1本だけにガンが認められたのですから。


 そして1年がほぼ気楽に経過して、また次の秋(H27)PSA検査を受けたのです。するとPSA値は上昇していて、もはや経過観察ではなく〈要精検〉となりました。それでも楽観的でした。『私がガンなんて、そんな訳ないと思うけど、まぁ精検というのだから泌尿器科で診て貰えばいいか』くらいの気分でした。そのあと数日して市内の泌尿器科を受診し市検診の結果を伝えました。医師は私の前立腺を触診したあと採血をしました。再度PSA値を確認するのです。どうして医師を替える毎に同じ検査をしなければいけないのか。医師にはもちろん合理的な理由があるのでしょうけれど、医院としてでなく地域の医療としての客観的な合理性を求めることができる筈です。昔の諺に『理屈と膏薬は何にでも張り付く』というのがあるそうですが…。


 前立腺の触診は仰向けに寝た状態から尻を上げる姿勢をとり肛門から指を入れて直腸に隣接している前立腺に触れて診断するのです。その姿勢も肛門に指を入れられることも愉快ではありません。しかしPSA値が上昇して要精検と言われている私には、それ程惨めでもありませんでした。それが妥当と感じられる状況でしたので恥ずかしがっても仕方がないと割り切ることが比較的簡単にできました。


 血液検査の結果を待つ都合なのか、その泌尿器科医院へは一週間後に通院しました。医師はPSA検査の結果から〈前立腺の生検〉をした方がいいと言いました。その日通院するまでに懸命にネット検索をやり、なんだか深刻なことになってきたと気持ちが重くなりました。〈前立腺の生検〉をするには入院をしなければいけないということで県立病院へ紹介状を書いてもらい更に約1週間ほどして県立病院を訪れたのでした。


 県立病院では最初に他病院から紹介された人が紹介状などを確認するコーナーへ寄ってから泌尿器科の受付で確認して貰い診察室の前で長い間待ちました。この頃になると少しずつですが自分が前立腺ガンなのかも知れないという怖れが募ってきました。そんな時の待ち時間は殊のほか長いのです。

 やっと診察室へ入ると医師が説明を始めました。県立病院での主治医となるその医師は声音を変えることもなく定番通りにホルモン療法・手術の説明をしました。私のように70歳を越えている者には手術でなくホルモン療法が適しているというニュアンスでした。一通り説明したあと採血をしました。PSA値の検査の為です。この病院でも紹介されてきた者のPSA値が情報としてあっても再度検査をするのです。
 

 そして1週間ほど後に通院するとPSA値は4.3という結果でした。いよいよ前立腺の針生検を受けることになりました。針生検のため入院の準備を始めました。入院までの間、針生検について情報をネットで探りました。ネットには不正確な情報や中にはウソの情報もあると言われますが、今の時代どうしてもネットに頼ってしまうのです。

次は 2_前立腺針生検

space

inserted by FC2 system