ていいちOTP

8_ アルト 
 8_アルト(second car)職場を替って少し精神的なゆとりができた頃、もう1台車があると便利だと考えました。中古車店で軽自動車を探しました。しかしいざ中古車から選ぼうとすると、購入したいと思うクルマは意外に少ないのです。
 町で規模の大きいYという店へ出向きました。最初の店舗では愛想のいい年配の女性が応対してくれましたが気に入った車がありませんでした。次の店舗では愛想の悪い若い男が応対しました。私がクルマの知識を披露したからかも知れません。当時は知識のない客には専門用語で煙に巻いて実際以上の商品であるかのような印象を与えて高額で売るという昔ながらの中古車販売の手法が一般的だと考えていたからです。

 業者と客の車に関する知識のギャップは極端に大きいものがあります。私は自分の知識を予め披露して牽制したのでした。その店舗の若い担当者はますます愛想が悪くなりました。
 それでも気になる一台の車を試乗してみると点火タイミングが合っていないのかアクセルを踏むとガクガクと尺るように走ります。試乗中にその車のディーラーへ行き相談すると、タイミングだけならいいがポイントの開閉を担うカムシャフトの摩耗だと大ごとだと教えてくれました。その車に決める寸前に試乗したのが正解でした。
 店へ戻ると担当の若い男は弁当を広げて食事をしていました。私たちが戻っても食事の手を休めず、購入をやめると話すと「ああそうですか」 と殆ど目を合わせずに軽い調子で返事をしました。
 中古車屋というのは海千山千の者が多いと聞いていましたが本当だと実感して帰ってきたのでした。

 ……この性能のいい軽自動車はトヨタオートの営業マンが我が家へ持ってきてくれたセカンドカーです。軽自動車を探していることを話していたのです。
 この車は事故修復車です。勿論最初から隠さず知らされていました。エンジンルームを見ると大きな修復跡がありました。また後になってハンドルの取り付け部分が変形しているのを見付けました。事故の際、体がハンドルに衝突したのだと分りました。営業マンはこれを知らなかったようですし購入してからかなり経っていましたのでそのまま使いました。 
 またエアコンの配管の接続部に無理が掛ったようでガスが抜けていました。これは修理して貰いました。
 さらにライトの光軸が大幅に狂っていることをDIYの車検時に知ることになりました。検査ラインで×になりました。検査場のすぐ傍にライトの光軸修整をしてくれる工場があるのですが、たまたま営業していなかった為、仕方なく普通車の車検場である陸運支局まで走り、近辺にある工場で修正して貰いました。店の年配の女性が 「これでは駄目だわ」 と云って直してくれました。事故車を修理するときライトを組み付けたあと光軸調整をしていなかったのです。

 以上の事ごとは事故車と知って、それなりに廉く手に入れましたので仕方のないことと考え、営業マンに文句を云わなかったのですが、やはり事故修復車は選択しないほうが無難だという気持になりました。
 修復車でしたがアルトは走行性能が素晴らしかったです。オートマチック車ですが加速の良さに驚きました。整備士をしている知合いが運転して
「軽のオートマってこんなに加速が良かったかな」と驚く程でした。また息子が運転した時は
「Sprinterよりも加速が良い」という感想でした。Sprinterはディーゼルでしたので加速は鈍かったのです。アルトの小さな車体が小気味よく加速する感覚は、当時テレビの子供向け番組に出てくる“モビルスーツ”を身に纏っているかのようで非常に楽しかったのです。路面の感触がじかに伝わりエンジンの快音と振動も体に心地良かった。それは高級車と正反対の快適性でした。この魅力に負けてSprinterを差し置いて長距離のドライブに幾度も出掛けました。アルトは非常に楽しい車になりました。

 反面このアルトで幾つかのトラブルも経験しています。この軽快なアルトで楽しく走り始めて暫らくしてフロントからおかしな音が出るのに気付きました。道路から歩道へ乗り上げるときなど少し大きな段差を通過するとき『ビリッ』或いは『ゴキッ』とも聞こえる大きな音です。何度もエンジンルームを開けて、それらしい音源がないかと調べましたが発見できませんでした。
 仕方なくスズキ新潟販売の店へ持って行って症状を話すと 『大体原因は分っていますけどね』 といいます。尋ねると前輪のスタビライザ(左右の揺れを軽減する為の棒バネで横方向のアライメントを維持する機能も?)を固定するゴムのブッシュが“滑る”時の音だそうです。滑る時の音といいますが、つまりゴムのブッシュと円柱棒のスタビライザが滑らかでなく応力の限界が破れ一気に滑るときに大きな音が出るらしいのです。対応部品のブッシュがあるというので、交換して貰うと嘘のように音が消えました。

 次の故障は大ごとでした。DIYでオイル交換をしているとき、ふと見るとオイルパンとエンジンブロックの接合部からオイルが滲んでいます。オイル滲みそのものは故障という範疇とは少し違いますが、直ぐに対処しないと潤滑系統にダメージが出ます。スズキさんへ持っていくと直ぐに対処してくれ安堵したのですが暫くすると再び滲みが出ました。再度修理を依頼した時は思ったよりも時間が掛ったので電話を入れると 『きちんと直すためにエンジンを降ろして作業をしている』 ということでした。

 (2012/11/12加筆)
 更にこの車で初めて経験したDIYで、最初で最後という作業があります。それはマフラーの交換です。ある日妻が帰ってくると
「下の方から音がする」というのです。少し走ってみると『ボボッ、ボンボンッ』という音です。マフラーに穴が開いた音でした。マフラーとパイプの繋目が殆ど一回りするほどに穴が開いていて辛うじて離れずにいる状態でした。それにしても音に気付いてすぐにあれほどの状態になるのが訝しいですが…。
 早速社外部品を扱う専門店へ電話をしました。適合するマフラーが一つだけあるとのことで買ってきてクルマをジャッキアップしてレンチを使って交換しようとしたのです。しかし簡単ではありませんでした。パイプとマフラーを接続しているボルトが緩みません。
 クルマの底なので酷い錆と熱に晒されたボルトは強く固着していました。整備工場のように作業者の頭位置までリフトアップすれば体重を利用できますが床との隙間が狭くトルクをかけ難いのでした。嫌になるほど何度も力を加え、諦めてスズキさんへ依頼しようかと考え始めた時、やっと弛みました。あとで知り合いの整備士に話すとマフラーのボルトが緩まないときはバーナーで焼いて赤くなった状態でレンチをかけて回すのだと教えてくれました。シャバでやる(整備工場でない場所で整備をすること)には無理なことと悟り、以後は決してDIYでマフラーの交換をしないと心に決めました。

 それからもう少しで再起不能になるような故障も経験しました。夏の暑い日、会津若松から東山温泉を通過して山の奥へどんどん入り込みました。地図には細い道が印されているだけですが車幅の狭い軽自動車なら大丈夫かも知れないと入り込みました。
 細い急な山道は至る所にえぐれがあり、とうとうギブアップして元来た道を戻りました。その途中、道から少し入った場所に大型の乗用車の燃えたものが放置されています。燃え残ったところはなく総てが焼けて白い鉄になっています。よく見ると、それはニッサンセンチュリーでした。そんな高級車を人目に付かない奥地で火を点けて焼いたというのが腑に落ちないまま会津の街へ戻って行きました。
 新潟へ向かう前に会津の街の駐在所で焼けた車のことを通報しておきました。警察官はおそらく裏街道の人間がやった事だろうと云い 『なにも燃やさなくてもいいものを』 と呟きました。

 そのあと新潟方面へ走る前に車中で腹ごしらえをしている時ふと車のメータに目をやると水温計の針が危険ゾーンに入り掛けています。耳を澄ますとファンが回っていません。驚いてエアコンを諦めてエンジンを切りました。食事を終えて走りだしてからエアコンON。走り出すと水温計は少しずつ下がっていきます。しかし会津から新発田への49号線は登りが多く、途中工事をしている処では止まらなければいけません。止まるとすぐに温度計が上がりだします。私は慌てていて冷静に故障の原因を考えられなくなっていました。停車して温度が上昇し走行して温度が下がるということを繰り返しながら何とか好運にも新発田の街へ入ったのです。

 スズキさんへ辿りつくとサービスマンがエンジンルームを開けて「オーバーヒートだ!」と言いました。別の人が運転席の下の方からヒューズを確認し、切れているということで別のヒューズに交換してくれました。とたんに勢いよくファンが回り始めて覗き込んでいる顔に熱い風が吹きつけました。やがてファンが停止したあとエンジンを止め、サービスマンは溶けたヒューズを眺め不審そうにしました。何かの理由で大電流が流れた時の切れ方とは違っているというのです。後日、連絡があり出向くとメーカーに問い合せた結果、一段大きいヒューズを付けるようにという指示だったそうで改めてヒューズを交換して貰いました。
 その時のオーバーヒート症状はベテランの目視判断でヘッドガスケットの抜け(損傷)はないと言いました。その通りで、そのあとは問題なく使用し続けることができ長距離ドライブも幾度もやりました。あの日、ファンが回転しない状態で会津若松から走ってきたと言ったときサービスマンが『エエッ!!』 と大きな驚きの声を上げたのですけれど。

 この車は私にとって初めてのパワーウインドウ車でもありました。そして恐らくパワーウインドウでなければ発生しない不具合がありました。右ドアのガラスが締まり切るとき、ドアパネルが『バンッ!』と大きな音で鳴るのです。ドアパネルに応力が残るのが原因だったのでしょう。左ドアにはそんな症状がありませんでした。或いは事故修復車だったので、それと分らずともドアも変形したあと修復されていて応力が残っていたのかも知れません。これも長い間、工夫の余地がないか考えましたが無理なことでした。

 もう一つどうしても気になる異音がありました。走行中に後方からキン・カンという甲高い音が出ました。どのような時に出るという規則性が掴めなかったのです。室内の異音は狭い空間で反響しボディパネルで包まれているので意外に音の発生場所が見当違いになることが多いのですが、どう聴いても後からです。
 走行中に後の座席を倒して後部へ移動して観察すると左のチルト式の窓ガラスの辺りです。でもガラスを手で叩いても再現できません。ガラスの開閉操作をしても駄目でした。幾度も諦めたり、それらしい箇所を試して落胆したりの繰り返しになりました。こんな時の私の拘りはabnormalだという自覚がありますが、拘りを捨てられません。でもとうとう突き止める日がきました。
 ある日の夕食時いつものように酒に酔ってふと考えました。チルト機構の樹脂製アームを締めるとパチリと節度が出ます。節度を維持するためバネのような応力が保たれています。それが走行中ボディの僅かな捻じれにより音を出すのではないか。そう考えるとすぐにクルマの処へ行ってチルト機構のアームを接触面に向けて軽く叩いてみました。まさにその音でした。
 胸の奥に抑え込んだ小さな異物が目の前で弾け破れました。すぐにアームが接触している面にごく薄いゴムを張り付けて処理しました。

 この難渋した異音退治の顛末を、チルトアーム同封で、浜松のスズキへ郵送しました。私の経験を伝えたかっただけなので、読んで頂いたあと返事などは全く必要ありませんと書き添えましたが、スズキからは丁寧な返事と浜名湖のウナギパイが送られてきて恐縮しました。

8_ アルト 

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