ていいちOTP

 6_Sprinter(diesel)……その後Charadeが雪道でスリップ事故を経験したあと走行距離も伸びエアコンの不具合もあって浮気心が芽生え始めた春の日、トヨタオートの営業マンがチャイムを押しました。飛び込み営業でした。家に上がって貰って話をしました。営業マンは20代後半に入ったばかりの若い人でした。
 それまで小さな車ばかりを使ってきたので一度大きな車に乗ってみたかったのです。Sprinterのカタログを見て学生時代に憧れていたコロナなどの大きな車を思い出し、この車も同じように感じたのでした。私は各社の車種構成には疎くスプリンターがカローラの双子であることも知らずに若い人から話を聞いていました。

 大きな車は燃費が悪いと考えた私はディーゼル車が欲しかったのです。その時期はSprinterはマイナーチェンジしたばかりでした。私はカタログを見ながらスタイルが殆ど違わない旧型のディーゼルが残っていないかと話しました。彼は心当たりがあるようで、すぐに会社へ電話をいれました。私の希望する車が残っていました。
 トヨタでは当時2年ごとにマイナーチェンジ、4年毎にモデルチェンジをしていました。私は車を購入するときに下取りのことなど考えません。基本的に使えるだけ長く使うスタンスです。私にとって2年前のバージョンであっても全然抵抗がありません。新旧を2台並べないと違いが分らない位だったので尚そう考えました。

 営業マンに気持を伝えたあとCharadeを40万円で下取りして欲しいと条件を出しました。当時でも10万キロ近く走っているリッターカーの下取り条件としては常識外れでしたがディーラーでは旧型車を1日も早く処分したい筈ですし、メーカーから販売会社へのバックマージンがあることも知っていました。何よりも条件が合わなければ購入をやめようと決めていたことが私の強みでした。クルマにはオプションのエアコンが欲しいと伝え、エアコンは対価を負担すると話した後、若い営業マンは所長に相談すると云って帰っていきました。
 若い人が再訪するまでに営業所へ顔を出た時、別の営業マンが自信ありそうな素振りで条件を提示し「これでどうですか」と畳み掛けるように云いました。私は40万円に遥かに及ばない数字を聞いて「それでは話になりませんね」と返しました。すると私の要求する40万というのがどのような根拠なのかと訊いてきました。これは営業マンの常套手法です。 
 ユーザーである素人は流通に関する知識がないので〈根拠〉と改まって訊かれると答えられず言葉に窮します。すると営業マンのペースに引き込まれます。私は 『根拠などありませんよ。気持ですよ』と応じました。それ以上営業マンは突っ込めません。なにより合意できなければ購入しなくてもよいという気持でしたので強気で応じることができました。

 数日後、営業マンは所長と2人でやって来ました。所長は 「どうしても40万円ですか」 と云うので自動車税を戻してくれるなら、それを含めてもいいと、少しだけ譲歩しました。普通は自動車税の戻しなど口にしないものですですがフレッシュマンの彼は税金を戻すことができると云ったのでした。Charadeは10万キロを超える走行距離でしたが、メータを戻せば問題ないと主張しました。当時は中古車のメータを戻してお客さんを安心させるのは業界では常識でした。
 後年、マツダがメータ戻しでやり玉に挙げられて大きな社会問題になりましたが、あれほど気の毒なことはありません。他のメーカーの中古車部や全国の中古車販売店にとって周知の事実にも拘らずマツダ以外はほっかむりしてよい子のふりをしていたのです。
 下取りして貰った後、私のCharadeは5万キロ余りに戻されていました。

 Sprinterは初めてのオート車でもありました。ディーゼルとオートマチックは相性がよく廉い軽油でよく走りました。古い時代の洋風建物が好きで明治村を見学しようと新潟から名古屋まで往復した時、給油した燃料代が5千円余りしかかからず驚きました。
 ディーゼルエンジンはガソリンエンジンよりも非力で、それを排気量で補っています。その為、春の自動車税を負担に感じましたが、走行距離が多かったので燃料代が税金の差を消して余りありました。ディーゼルエンジンは少し甲高い独特の打撃音がありますが学生時代にアルバイトでディーゼルトラックを運転していましたので嫌いではありませんでした。むしろ如何にもエンジンが頑張っているといった風情があり好ましくさえ感じました。
 ディーゼルエンジンはシリンダーで圧縮され高温高圧になった空気の中へ、更に高圧の燃料を噴射して燃焼させます。圧縮比が高いので燃焼時にノッキングに近くなり少し甲高い打撃音が発生するのです。また燃料をシリンダー内の圧縮された空気よりも遥かに高圧にする為に燃料噴射ポンプが必須になります。

 Sprinterの走行距離が七万キロ余りになった時、何気なく噴射ポンプを見ると様子が少し違っています。違和感の原因は何だろうとよく見るとポンプの上面が濡れています。指で拭ってみると水ではありません。それは燃料がポンプから滲み出しているのでした。ガソリンなら火災の危険がありますが軽油の場合は引火の危険が殆どないので、それなりの設計なのです。
 噴射ポンプの修理を依頼するために町のトヨタオートへ出向きました。ベテランのフロントマンはエンジンを診ると、噴射ポンプの部品交換が必要だということ、噴射ポンプを分解すると微妙な噴射量の調整を大がかりな整備機械を使ってやる必要があると説明しました。交換部品代はたいした金額でないがポンプの脱着と部品交換に伴う調整の費用が五万円あまりだと云われました。

 二十年余り昔の数字です。その数字があまりに高額で蒼くなりました。そしてそれを説明するときフロントマンが気持を抑えきれず、楽しそうな顔付きになったのを思い出すと苦々しい思いです。そのフロントマンとはそれ以前に幾度もやり合ったことがありました。整備の仕方や部品交換について私が注文を付けたからです。
 私は整備工場が売り上げを伸ばす為に知識がないユーザーを相手に過剰な整備や部品交換をすると考えていました。そしてフロントマンはプロでもないユーザーのくせに知識をひけらかして文句を言う面倒な奴と考えていたからでしょう。
 何よりも一番効率よく売り上げを伸ばすことができる車検や定期点検をDIYで済ましている私に、その時ばかりは高額な整備費用を提示できたのであり、知識が無い私は否応なく受け入れる筈だったのです。

 私は少し考えるといって店を辞したあと家に戻って頭を冷やして考えました。噴射ポンプの修理はディーラーで作業をしません。電装店に外注します。それまでの営業マンの話から修理を外注する会社はK電装だと目星を付けて電話をしました。事情を話すと電装店のサービスマンの人が『噴射ポンプの正式な整備は大掛かりな機械を使って噴射量の調整をするのだが、車載状態のまま噴射ポンプの部品交換をして噴射量の調整をすることができる』という答えでした。
 そのやり方はおそらく機械で数値を調整するのでなくエンジン音を聴きながら職人技でやる調整なのでしょう。それならポンプの脱着を省略でき、費用はディーラーへ依頼する半分程度になるという説明でした。私が是非お願いしたいと即答すると噴射ポンプの品番を教えて欲しいといわれました。
 品番を伝えると幸運にも在庫が一個だけあったのです。次の日一番に車を持ち込みました。その日、部品交換と調整が終わったという連絡を貰ったのが夕刻でした。作業をしてくれた人は『交換部品が改良され燃料をシールするOリングが2個になった改良品なので今までよりも長くもつだろう』 と話してくれたのでした。修理費用がディーラーよりも遥かに廉く、車の走行感は交換前よりもずっと良くなっていると感じられて深い安堵感に浸りました。

 Sprinterでは整備に纏わる最も大きい経験をしています。前輪駆動車ではトランスミッションケースからシャフトで動力を取り出して車輪へ伝えていますが、車輪がミッションとの結合に縛られず路面の凹凸に応じて自由に動けるよう、ミッションケース側と車輪側の2ヶ所にユニバーサルジョイントがあります。古い整備記録簿では『自在継手部』と記載されていた部品です。
 2個のうち車輪側により自由な動きを求められるので左右のドライブシャフトの車輪側はボールジョイントという高性能なボールベアリングを幾つも用いたジョイントになっています。そしてジョイントは耐久性のあるゴムのブーツで覆われ内部は高性能な専用グリースを封入してあります。

 このブーツを交換したのが一番の整備経験です。ゴム製のブーツは経年変化で徐々に亀裂が進んでくるので適当な時期に交換しなければいけません。当時は割ブーツは出回ってなく純正のブーツを交換するにはシャフトを取り外す必要があるので素人には負担になる大掛かりな作業です。普通はシャフトを取り外す前にミッションオイルを予め抜かなければならずオイルシールも交換したくなります。でもこの車のドライブシャフトはミッションに近い部分でボルト結合されている珍しい構造でした。
 それでも作業を進めていると立ち止まらなければいけない場面が何度もあり、とても苦労しました。何とか片方を無事にやり終えた時は満足感で胸が一杯になりました。そして日を改めて反対側の同じ作業をしました。二度目は比較的気楽に早く終えることができました。トヨタオート店でいろいろ教えて貰ったのですが
 「お陰さまでブーツ交換が終わりました」と連絡すると驚いた様子で
 「っできた! …」と驚かれました。きっと途中で投げ出すだろうと考えていたのかも知れません。

 またDiesel Sprinterでは初めて経験する燃料フィルタ交換作業をやりました。ディーゼルエンジンの燃料フィルタはガソリンエンジンと比べると非常に大型です。それにも拘らず交換頻度は同じかむしろ短いように感じました。或いはこの車だけのことかもしれません。
 ある日の夕刻、勤務場所から帰宅するときエンジンを掛けようとするとセルは回るのですが掛りません。仕方なくトヨタオート店に来て貰いました。症状を観察すると、すぐに燃料フィルタの上部の黒いボタンを押しながらセルモータを回しました。すると何事もなかったかのようにエンジンが回りました。サービスマンは 
「燃料フィルタが詰まっています」といって帰って行きました。そのとき未だ10万㎞を走っていませんでした。早速、町のオート店へ連絡して部品を依頼しました。フロントマンの人が指定した日に出向くと、
「まだ部品が届きませんが、別の人の分があるのでそれを出します」と云ってくれました。部品を手に取ると思った以上に大きなものです。
 作業をしようと車両の部品を外すと大型のワイングラスほどの深さにきれいな軽油が満たされていますが周りのフィルタ内側は茶色の錆のようなモノに隙間なく覆われていました。これでよくエンジンが回っていたものだと感じるほどでした。
 フィルタを交換すると幾分軽くエンジンが回り調子を取り戻したようにも思えましたが、走行中は確かな違いを実感できるほどではありませんでした。ガソリン車の燃料フィルタを交換した場合ははっきりと違いが分りますが、そのフィーリングとは違っていました。

 この車ではもう1つの初体験をしています。クランクシャフトからのオイル漏れです。10万㎞を越えた頃エンジンの底を覗いているとオイルの滲みがあります。オイル交換の際に零れたのかと思いましたが、そうではなさそうです。オート店で診て貰うとオイルシールの疲労で滲んでいるのだというのです。 
 クランクシャフトオイルシールはベルトを掛けるプーリー側にも当然あります。どうしてミッション側だけ疲労が進むのか尋ねるとシャフトのブレ幅が違うのだという答えでした。ブレ幅と云っても勿論極めて僅かなものですが常時高速で回転しているのでシールが劣化するとオイルが滲みだすのです。オイルシールの交換は大仕事です。覚悟してシール交換を依頼しました。無事に作業が終わりましたが、その後1年半ほどして再度オイルが漏れ始めました。不愉快な気持で作業を依頼するとき
 「こんなに早く漏れだすのは不自然だから料金を割り引いて貰いたい」と要求しました。2度目の交換作業のあと取り外したシールを見るとゴム製のシールの一部が折れた状態でした。前回取り付けるときに正確に取り付けられていなかったのです。

 この車は軽油がまだ廉かったこともあり燃料代が廉く非常に助かりましたが、反面dieselだったのでエンジンの振動が室内に伝わり、あらゆる場所からビビリ音が発生しました。メータ周辺の組み付けからのしつこいビビリ音の他、あらゆる場所が走行中に鳴るのでした。最初はダッシュパネルの奥からでした。かなり大きな音です。幾度も試行錯誤をして突き止めました。
 この車は当時の大衆車としては珍しく余り意味が無いと思われる凝った仕掛けがありました。運転席の脇の灰皿を引くと奥に光源があり灰皿がよく見えました。その光源はメータ部分?から引かれたグラスファイバー製の細いラインの先端なのです。グラスファイバーに塩化ビニル?で被覆した細いラインを灰皿の奥に伸ばしているのでした。
 そのラインがダッシュパネル内で踊ってビビるのでした。これはラインにフェルトを巻いて処理しました。フェルトを適当な幅に切って速乾性の合成ゴム系の接着剤を塗りながら端を貼り付けてスルスルと押し込んでゆきました。 
 音消しは見当違いが多く苦労ですが、失敗した箇所が目指す音源でなくてもビビる元になる筈だという目論見は正しいことが多いのです。ですから目指す異音を消した時、同時に相対的なビビリ音は間違いなく低くなります。

 この車の音消し個所はあまりに多く、切りがありませんが最後に難渋したのはダッシュパネルからの異音です。それも走行振動に応じて常に出る音でなく、不規則に「コトッ」と鳴ります。メーターを外してダッシュパネルの奥へ手を延して可能な限りに処理をしました。
 試行しては諦め、また思い付いた個所を処理するということの繰り返しでした。最後にはダッシュパネルとガラスの隙間に接着剤を注意深く流し込みましたが音は消えませんでした。そしてとうとう諦めました。ところがのちに不意に音源が判明することになります。
 走行が10万㎞を少し越えたとき運転席周りやエンジンルーム内のボルト類の緩みを増し締めしようとしました。クルマは走行で常に振動に晒されるので経年により少しずつボルトが緩んできます。緩むと致命的な結果になる箇所のボルトは緩み防止の塗装があります。また車軸のハブナットなどは割りピンやそれに代わる処理がしてあります。
 あちこちのボルトに各サイズのメガネレンチやボックスレンチ、プラスドライバーで適度なトルクで進めました。
 全部を増し締めするのではありません。緩んでいないものを更に締めるとナメてボルト・ナットの締め付け強度が失われることがありますので締め付けトルクをボルトの太さと相手の金属の種類などを参考にしながら作業をします。

 次々とボルトにレンチを当てて緩みを調べたあとダッシュボードを止めているボルトがあるのを思い出しました。助手席側にある化粧蓋を外し太いプラスドライバーを深く差しこみ慎重にボルトの十字溝を探ります。きちんとトルクを掛けて回せるよう勘でドライバーをボルトに正対させます。このボルトがかなり締まりました。実はこのボルトは以前に一度緩めたことがありました。このボルトはタッピングスクリューになっていて相手の材質が分らず捩切りを恐れたため結果的にトルク不足だったのです。このスクリューをきちんと締め直したあと恨めしい異音が消えたのでした。

 この後、ディーゼルエンジンの振動が室内を共振させるビビリ音などが殆どなくなり、とても品質感の高いクルマになりました。燃料噴射ポンプの部品、ドライブシャフトブーツ、燃料フィルタなど交換して長く使おうと考えていましたが、雪の路面で自損事故を起こした後、徐々に普及し始めていたABS〈Antilock Brake System〉の装備が欲しくなりました。

6_ Sprinter (diesel) 

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