ていいちOTP

4_ Civic (cvcc) 
 4_Civic ……ライフに自作のCDIを試しているうちに、それまで考えもしなかった普通車への憧れが芽生え始めました。360ccの小さなエンジンでも工夫をしながら楽しんでいたので軽自動車であることを惨めに感じたことはありませんでしたが、ふと普通車ならどんなだろうと考えてしまいました。そして一旦イメージすると思いが募り、とうとう初めての普通車を購入することになったのです。車種は最初からホンダ車に親しんでいましたのでCivic以外には考えませんでした。店からCivicを受け取ってアパートへ帰る時の気持の高揚感は今でもしっかり覚えています。初めての4ドア車でした。室内が広く走行音が静かでした。1200ccでしたが軽自動車とは比較にならない加速感があります。そしてあまりに立派過ぎるように思えて自分には不相応な気持もしたのでした。

 工業製品は何でもそうですが、中身についての知識がないままに楽しく使っていると、製品をブラックボックスのようにも、また冒しがたい憧れの対象のようにも感じてしまいます。でもその構造を理解するにつれて科学的に透明でミステリアスなものではあり得ないことに気付きます。すると僅かでもそのqualityをあげる為、挑戦したくなるのです。
 Lifeに使用して十分な成果を得られなかったCDIへの興味は薄れましたが点火系統の『ポイント』を高速回転するカム軸で物理的に駆動していることが如何にも原始的な機構に思えてなりませんでした。イグニッションコイルの一時側電流をON・OFFするのにポイントを使用しているので接点がスパークによって焼損を繰り返すのです。その為接点の抵抗値が徐々に大きくなり点火タイミングもずれます。
 各メーカーが点火系統のmaintenance free化に取り組んだのは世界的な排気ガス規制が始まってからです。或いは技術的には十分可能でもコスト的な理由と整備業界のメンテナンス作業を担保する必要があったのかも知れません。

 当時自動車用品店では後付けのトランジスタ点火装置が売られていました。これはとても高価で、しかも汎用品であるため取り付けが微妙に難しく、気持が動きませんでした。でも比較的安価でプラグの火花強化を謳い文句にする用品があり、興味をそそられました。ポイント式の点火装置にはポイントの焼損を緩和するためにコンデンサーが使用されていましたが、それを取り外して代わりに取り付ける用品でした。商品名は〔ボンファイア〕といいました。フランス語で“よい火花”という意味だと思います。これはポイントを流れる電流を大きくする為にコンデンサーの容量を小さくし焼損を抑えるために並列にダイオードを入れた製品です。価格もそれ程でなく手軽に取り付けることができ、確かに走行性能も改善されるように感じました。ただこれを取り付けるとラジオにイグニッションの雑音が入りました。雑音はラジオの電波が弱くなる山間部を走ると顕著になりました。

 CVCCエンジンは副燃焼室を設けることにより希薄な混合気を使用できるようにし排気ガスを薄くすることで規制をクリアしています。その影響だと思われますが、この車はエンジンが温まった時のほうが掛りが悪かったのです。のちに車を乗り換えた時Civicは1200ccにしては性能が低かったと感じました。
 ある日、自動車用品店で〔キャブクリーナ〕というものを購入しました。キャブレターや吸排気弁に溜るスラッジやカーボンをきれいにするという謳い文句でした。エアクリーナを外してキャブレタに泡状の製品を流し込みマニュアル通りにエンジンをアイドリングすると2分ほど真っ黒い排気がテールから出続けました。のちにある自動車雑誌で、整備工場でCVCCエンジンヘッドカバーの裏に溜ったカーボンを削り取っているらしいという記事を読みました。おそらく排気を測定する条件下では化学物質が少なくても実際の走行では燃焼が十分でなくカーボンが溜ったのでしょう。

 この車の4年目の車検を町のホンダを専門に扱う整備工場に依頼しました。当時私はCivicが気に入っていて大事に長く乗りたいと考えていましたので車検を依頼するとき
『長く乗りたいので悪いところがあればきちんと整備をして欲しい』と伝えました。話を聞いた担当者は私が手にしていた前回の車検の整備記録を指差して『それを見せて下さい』と云いました。いつも整備などを依頼している工場だったので信頼していたのです。
 その頃は特殊工具を必要とする整備以外は自分で済ましていたので依頼するときにその旨伝えました。しかしフロントマンは
「あなたが済ませたという個所も全部こちらでやり直しているんです」 と云ったのです。ひどくガッカリしました。しかし落ち着いて考えてみるとプロの整備工場がユーザー自身の整備を鵜呑みにできないのは当然だと理解しようと努力しました。複雑な気持で車検の完了を待つことにしました。
 この車検で私は大きな勉強をすることになります。未だユーザー車検は全く知られてはいない時代で6ヶ月ごとの点検と車検は、日常どんなに車の状態に気を付けていても、また全く具合の悪いところがなくても整備工場任せしなければいけませんでした。整備工場ではユーザーを素人と見做しているか整備の知識があってもDIYが不可能だと思い込んでいる相手なので過剰整備や過剰部品交換など、やりたい放題だった筈です。車検を終えたあとで客に請求書を提示すれば異議を唱える者は殆どいなかったでしょうし、ぶつぶつ口籠る者でも整備に関して具体的に異論を唱える者はいなかったでしょう。工場と客とでは力関係が明白でした。

 Civicは2週間経っても車検が済みませんでした。痺れを切らした頃、車検が終わったという連絡があり、店へ出向くと請求額は通常の2倍を超える数字でした。助手席には交換部品の1つとしてカムシャフトが置いてありました。車検を取るのにカムシャフトを交換するなんて普通はあり得ないことです。驚いてよく見ると確かに数か所に傷が付いています。思うにヘッドカバーに溜ったカーボンが剥がれて高速で回転するカムシャフトに傷を付けたのでしょう。しかし交換しなければならない程とは思われませんでした。
 私は車検を依頼するときに伝えた一言を深く後悔しました。過剰整備・過剰部品交換をしても文句を言わない筈だと考えたのに違いありません。その後数年してユーザー車検が広まり始めた頃、新聞の投稿欄で〔車検〕というテーマで原稿を募集しました。私はその時の経験を投稿しました。その頃既に私はユーザー車検派になっていました。

 Civicはボンネットヒンジが前に付いていて後ろ開きになっていました。そのため整備をするのに両脇のフェンダー越しに作業をしなければならず面倒でした。どういう理由でそういう構造にしていたのか分りませんが利点は一つだけです。ボンネットのロックが走行中に外れても開かず視界を遮らないのです。私が少年時代には外国車にこの構造の車を見た記憶があります。
 Civicはボンネットロック機構に自信がなかったのか或いは北米で高速で走らせた場合にも対応できるよう設計したのか?それとも北米の有名な車の構造を真似ただけなのか?いずれにしても当時の日本車では同じ構造の車は少なかったと思います。もう一つ、この車は錆び易かったという印象があります。ある時リヤのバンパーを外したことがありました。するとボディとの接触部が真っ赤に錆びています。あまりの赤錆に驚いてよく見ると接触部の塗装が下塗り状態のように見えました。或いはどのメーカーでも隠れる部分は下塗り状態のままなのかも知れずCivicは下塗りの性能が悪かったのかも知れません。

 このクルマは悲惨な最期を遂げました。2週間以上もかけ当時20万円以上も費用が掛った車検から戻ってきてすぐの初冬、その日は路面に薄っすらと雪が積もっていました。妻の実家で酒を飲んだため妻が運転していました。30キロほどの距離を走ってきて自宅のアパートが近付いてきた時、どうした訳か妻がブレーキを踏んだのです。すると車が滑り出し前後が逆になったまま脇の広い側溝へ転落したのです。車はルーフが下になり転覆状態でした。ガソリンに火が点くのを恐れてすぐに脱出し後部座席にいた息子を割れたリヤウインドから引き出しました。道路へ上がると脇にあったトヨタ店の人がやってきました。後を走っていたトラックの運転手の方がその店に知らせて119番をしてくれたということでした。
 しかしふんわりと溝に落ちたので怪我はなく、やってきた救急車の方に事情を話して帰って貰いました。次に警察がやってきて同じく事情を話して帰って貰いました。こうして整備過剰で車検を取ったCivicは一瞬でスクラップになったのでした。

 この自損事故は妻が運転に慣れていなかったことの他に原因がありました。後でその原因に思い至りました。雪の季節を迎えてスノータイヤに交換していたのですが燃費を稼ぐために駆動輪である前輪だけをスノータイヤにしていました。本格的な降雪が始まったら後輪もスノータイヤにすればいいと考えていました。事故のとき路面にはシャーベット状の雪が覆っていました。おそらくアクセルを離したとき前輪よりも抵抗の少ない後輪が滑り出したのです。驚いてブレーキを踏んだので尚のこと前輪の抵抗が増え普通タイヤの後輪の滑りが大きくなったに違いありません。それ以後タイヤを交換するときは必ず4輪を同時にやることにしました。

4_ Civic (cvcc) 

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