8_手 順

ていいちOTP

   我が家では炊飯に圧力鍋を利用しています。そのマニュアルにはいろいろの料理が便利に作ることができると説明されています。この鍋を買った時、妻が何よりも驚いたのはご飯が美味しく炊けることでした。それも非常に短時間の加熱で済みます。電気炊飯器とは比較にならないほど短時間で美味しく炊けます。
 この圧力鍋を利用して4年ほど経った頃、加熱中に蒸気が漏れるようになりました。蒸気が漏れそうな箇所をよく調べて対処したが駄目です。メーカーに連絡して事情を説明するとパッキンその他の定期交換部品があるのだといいます。改めてマニュアルを見ると部品交換は2年程度と記されています。ゴム部品などを指定よりも約2倍も長く使っていたのです。早速部品を注文して交換すると同じように美味しいご飯が食べられるようになりました。

 しかしそれから1年半余り経った頃、再び蒸気が漏れる事態になったのです。部品の劣化にしては早過ぎます。部品を取り外して念入りに洗っても巧くいきません。一体どうしたことでしょう。もはや鍋自体の寿命なのかも知れないと考えました。
 そういえば前回部品を注文するとき鍋の底に刻印されている数字を訊かれました。マニュアルを熟読すると定められた使用年数を越えると部品を供給しない旨明記されていました。大切に使っている者には納得できない思いもありますが、メーカーとしては長期に亘って使われた圧力鍋が傷や変形によって思わぬ事故になる危険を避けたいのだと理解できます。
 そんなことを考えながらふと鍋のパッキンが触れる面を指先で撫でていると、ほんの僅かですが平らでない部分を発見しました。目を凝らして見るとご飯のデンプンでした。再度鍋のほうもよく洗って試すと果たして蒸気漏れは止まったのです。あのように僅かな異物であっても鍋の中の高圧の水蒸気を封じ込めることができないのだと再認識しました。圧力鍋の場合は少し位なら大丈夫という理解では駄目なのです。

 私たちは日常数限りない工業製品を利用して生活しています。しかし普段はそれを意識することは殆どありません。メーカーは常に新たな需要を喚起するために人々に好まれそうな機能を持った製品を市場に出しているので新製品と聞いても殊更驚かなくなっています。でもほんの10年前には殆ど想像できなかった機能を持った新製品が世に出回っています。これは企業の研究者が弛まず努力している結果です。
 工業製品にはどれもマニュアルが同梱されています。いつの頃からかマニュアルと称していますが「取扱説明書」のことです。冊子にも取扱説明書とか使用説明書と記されています。しかし購入した製品をそれまで使ったことがない場合以外はマニュアルを読まなくてもある程度までの機能を利用できますので、私たちはマニュアルを読まないままに製品を利用していることが多いのです。
 新製品を生み出す企業の開発担当者も一応はそんな顧客も想定しているに違いありません。しかし何かのきっかけでマニュアルに目を通すと、それまで知らなかったとても便利な使い方を見付けることがあります。そんな時は何か得をしたように嬉しくなる半面、今迄宝の持ち腐れであったと知って複雑な気持ちにもなります。

 私たちがマニュアルを読まないのは複雑な機能をどのように利用するのかを手順を追って細かく丁寧に説明されているため、マニュアル全体が冊子というより書籍のように分厚くなっているからだと思います。目の前に新しい製品があり早く試してみたい気持ちに堪えて分厚いマニュアルを読むのはかなりの意志の強さを必要とします。マニュアルなど読まないで製品を手に取って試してみたくなります。そしてある程度楽しむことができれば、もはやマニュアルなどそっちのけになるかも知れません。
 しかし私たちがマニュアルを読まないのには少し別の理由もある気がするのです。それはマニュアルの内容が殆ど使用手順の説明に終始していることです。手順だけでは「なぜ?」や「どうして」という興味や疑問に答えることができません。また製品機能の全体像や仕組みを知ることができません。勿論機能の全体像や仕組みといっても専門家の研究領域に属するようなものではありません。私たちが中学校の理科などで学んだ程度の基礎的なレベルで理解できる仕組みのことです。

 テレビやラジオは電波に乗ってやってきた信号を音や画像にしているとか、自動車については自動車学校で勉強した程度の構造とか、圧力鍋が水蒸気の圧力を利用して一気圧以上の圧力と100℃を超える温度で加熱調理しているとかです。その程度を理解できれば〔手順の理由〕を理解することができる。訳もなく手順を覚えることは苦痛ですし覚えても忘れやすくなります。理由を理解できれば興味深く覚えられ、しかも忘れ難くなります。

 新製品を目指して日夜研究をしている人たちは一歩一歩論理を突き詰めながらモノ造りをしています。つまり理屈漬けで新機能を開発しようとしています。工業製品はそのようにしてデビューしてくるのです。そんな論理の結晶である製品の使用手順の合理性を少しでも理解できるようなマニュアルが工夫されれば、製品が持つ機能をもっと利用できるようになる筈です。それに使用中の事故も減るに違いありません。

 私たちは多種多様の工業製品を利用して生活しています。だから各製品の使用手順をいちいち覚え切れず、そのうえ仕組みを覚えることなどできる訳がないと考える人がいるかも知れませんが、それは違います。
 手順は覚えるだけですが仕組みは理解するものです。何でも単純に覚えるのは苦痛が伴いますが、何事でも“理解できる”ことは満足感のある楽しいことで、忘れ難く忘れても思い出し易くなります。みんながほんの少しだけ利用している製品について理解を深めれば、社会全体では飛躍的に工業製品の故障や事故が減るに違いありません。またサービスマンが出張して修理するコストも激減します。私たちの環境を構成している製品はどれをとっても、ある程度構造を理解することが求められていると思います。

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