高齢者となって久しく、1年前に後期高齢者となってしまいました。若い頃は高齢者なんて自分とは次元さえ違う世代だと感じていました。
新型コロナウィルス禍はそんな私たちの世代が人生で初めて経験する非常事態です。ほぼ1ケ月前に感染拡大抑止を目的として日本中に緊急事態宣言が出されました。強制力が伴わず協力要請の形ではありますが、こんな時は日本人の素直な社会性が有利に働いているようです。
そんな今のご時世にネットや新聞テレビのニュースを見ていて興味を惹かれることがありました。それはステイ・ホーム週間と銘打たれたゴールデンウィークですから、家の中で楽しむことの1つとしてなのかホットケーキの粉がよく売れているというニュースです。なるほどと思います。

しかしホットケーキには少しネガティブな印象深い思い出があります。小学生の中学年の頃ですが、ある日親戚の伯母さんが駅前の丸物というデパートの食堂へ連れて行ってくれました。一つ下の従妹の女の子も一緒でした。食べたいものを訊かれると、その従妹は「ホットケーキ!」と言いました。ちょっと気取った感じに思えました。当時は未だ太平洋戦争のあと10年余りでホットケーキが“素敵な非日常”の食べ物だったのです。私はよく分からないまま、同じように「ホットケーキ…」といいました。
今なら質素なものですが当時ホットケーキは立派な食べ物でした。ふっくらと焼き上がった二段重ねのホットケーキの上にマーガリンではない本物のバターの一片と蜂蜜がかかっていた記憶がクッキリしています。本当はバターと蜂蜜は添えられていて食べる前に載せたのかも知れません。

今では華やかな食堂は目新しくありませんが当時は、デパートの食堂は非日常の華やかな場所でした。そんな場でのホットケーキが忘れられない事態になりました。私は非日常の華やかな食堂で普段と同じようにホットケーキの真ん中にホークを突き刺し口に持ってくると周りから噛り付いてしまったのでした。従妹の女の子は驚き、呆れて、恥ずかしそうにナイフとホークで小さく切りながら口に運びました。伯母はただ黙って箸を動かしていました。私は従妹がホークとナイフで食べる様子を見て酷く恥ずかしくなったのでした。

そんな戦後の時代を思い起こすと随分変わったと思う食材がいつも思い浮かびます。それは卵です。卵が高栄養なだけでなくバランスの取れた素晴らしいものだということは皆さんが認識しているようで、それ故にマーケットで販促品として扱われることが多いです。
最近では日曜日など1パック100円ほどで売られている店があります。10個入りなので、なんと1個10円です。販促品でなくても1パック130円~140円です。たった40円の違い、1個だと13円~14円です。これは卵の食品としての栄養価を考えると物凄い廉さです。
今では一口で食べてしまうような饅頭が150円ほど、ケーキ屋さんのショートケーキだとたった1個が350円とか400円もします。卵40個分です。

現在の世の中では、卵なんてそんなものだろうと考える人が多いでしょう。しかし戦争直後に物心つき日本が貧しく食べるものが少なく、現在普通にある家電などは殆どなく、クルマなんて夢のまた夢だった時代に子供だった私たちには別の感慨があります。
白黒テレビや洗濯機がある家はとても珍しかった時代のお話です。滅多にないことでしたが親戚の人などが訪ねてくるとお土産に卵を頂くことがありました。お菓子の箱に入っていて、それを開けるとそこにはもみ殻が詰まっています。当時卵を運ぶ際にはクッション材としてもみ殻を使っていました。お客様がお帰りになったあとで箱をそっと開けもみ殻の中を手で探ります。丸くて少し冷たく感じる卵を1個ずつ取り出していきます。私たちもワクワクしながらひとつずつ並んでいく卵を凝視したものです。もう最後と思って箱の中のもみ殻を手でかき混ぜたとき、更にもう1個見つかった時は、それはそれは嬉しかったものです。

そんな記憶があるので卵が立派なご馳走なのだという意識がどうしても抜けません。子供の頃からずっと世の中の変遷を受け入れ学ぼうとしてきたつもりですが卵の価値がその価格ほど低下しているとはどうしても思えないのです。ですから卵料理は子供の頃から好きでとてもご馳走に思えます。

一般に食材が高級だとされる場合その価格が高いことを指していますが、本来御馳走かそうでないかはその値段と連動しないのではないでしょうか。沢山穫れるからイワシが高級じゃないとか、ある年にサンマが不漁だったので高級魚になったなんて、命を繋ぐ糧としての食材に対して変だと、不遜だと思うのです。人間はそんなに傲慢になってはならないと思うのです。


 

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66 卵が好き
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ていいちOTP

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