63 認知機能検査顛末 

ていいちOTP

 令和二年にはリタイヤして十五年が経つ。あの年に生まれた人がもう高校生になるわけだ。七十五になると後期高齢者になるが、そんな風に呼ばれたくはない。しかし運転免許更新に先立って求められる高齢者講習を拒否することはできない。

 十五歳で原動機付自転車の許可証(免許証でなく許可証と称していた)を得たあと十九歳で普通免許、二十四歳で大型免許、三十歳で大型二種免許を取得した。殆どが趣味の延長で仕事に必要な免許ではない。若い頃からクルマがとても好きなので運転免許を失うことには深い恐怖を覚える。
 七十五歳を迎えると高齢者講習の前に認知機能検査があることは知っていたが具体的な検査内容を知ったのは検査の半年ほど前だった。検査問題はマル秘ではなく警察庁のホームページで公開されている。
 検査の内容は簡単な時計を描く問題その他に加えてメインの問題はイラストの記憶である。十六個のイラストを短時間提示して覚えるように指示されたあと、それを思い出して書き出すのだ。しかも記憶してから別紙に書きだすまでに別の作業をしなければいけない。別の作業はランダムに並んだ数字の中から指示された二個~三個の数字に斜線を引くのである。何やら若い頃にやった覚えもある。

 どちらも苦手中の苦手だ。若い頃からの自分を思い返すと子供の頃から時間を区切られると慌ててしまい焦りが先になって頭の中が白くなってしまう。それにイラストは十六枚といってもパターンが四種類あり全部で六十四枚にもなる。
 しかし怖れていても始まらず認知機能検査まで残り四か月の頃、意を決してイラストの丸覚えに取りかかった。警察庁のホームページからイラストをダウンロードしプリントアウトした。
 六十四枚をパターン毎に覚えるのは困難に思えたが繰り返せばできるような気がした。最初は時間を気にせず丸暗記の作業を繰り返し、次第に頭に残るようになると二日おきに覚え直した。時折突然不安に襲われイラストを取り出し挑むことも幾度となくあった。
 しかし三週間ほど経った頃ほぼパターン毎のイラストを随時書き出すことができるようになった。それは自分でも意外に思った。

 イラスト丸暗記に意欲が出た訳が他にもあった。イラスト暗記と書き出しの間に課される数字に斜線を引く問題は記憶を飛ばすための作業で採点の対象外だと知ったことだ。あの作業は短期記憶が飛ばないかどうか見極める意図から挿し込まれているもので関連のネットページに『頑張って挑んではいけません』と書かれていた。
 数字に斜線を引くテストは時間を区切られ焦るので頭が白くなり、どうにも苦手なのでそれを知って肩の荷が下りた。そして検査当日には気楽に臨んで却って出来が良かった気がする。

 イラストの丸暗記は検査目的としている『短期記憶』のテストにならないが、認知機能が低下している人にはパターン毎に六十四枚を覚えることはできないと書かれていたので問題ないと考えた。そんなわけで検査の点数は満点だった。

 認知機能検査の結果が届いてから三週間ほどして高齢者講習に臨んだ。高齢者講習は眼の機能検査と実技講習が主なものだ。眼の検査はその結果を受検者に自覚させるのが目的である。これはとても有益なものだと感じた。
 実技講習では三名が一台のクルマに乗り順番に教習コースを回るのだが高齢者なら普段は同じクルマ、それも地方都市では軽自動車しか利用していない場合も多いが講習では乗り慣れない普通乗用車になる。

 この実技講習でちょっと驚くことがあった。私を含む三名の中で一番高齢とおぼしき女性はマニュアル車での実技講習を希望していた。オートマチック車は怖いと仰るので不思議だった。オートマ車が怖いとはきっと運転したことがないのだろう。普段マニュアルの軽トラックを利用している人なのだ。
 その高齢の女性が講習を受けるクルマに乗り換えて彼女は指定されたコースを走り始めた。女性は走行中に始終エンジンを吹かしブォーンと大きな音が出るのだ。しかし速度は変わらない。つまりギヤチェンジは殆ど形だけでクラッチで速度調整をしているのだ。

 クルマを大切にして特殊工具が必要な整備以外はDIYで挑戦してきた私はクラッチディスクが減るのが目に見える気がした。こういう人がいるのだから中古車は要注意だと再確認しながらイライラしてしまった。講習を終える際、指導員が『クラッチから足を離して運転して下さい』と話すと彼女は『いつも言われているんですけどねぇ…』と応えていた。

 最近の自動車学校のカリキュラムを知らないが、免許取得するには簡単な構造を学習するに違いない。
クルマに限らず日常目にするあらゆる機械について一般的な理屈や構造の知識を得ておけば機械や道具が損傷し難く長く使えるようになり金属や鉱物その他の資源を節約することができる。それらの仕組みや構造を難しくない範囲で理解する姿勢が大切だと考えた。

 そんなことを妻に話すと、世の中には色々な人が暮らしているんだからあなたこそ客観性に欠けているのかもと言われ、さらに不愉快になってしまった。そうなんだろうか?

space
63 認知機能検査顛末 
inserted by FC2 system