60 風呂場のカビ

ていいちOTP

 いつの世にも世間で脚光を浴びる提言があります。それが世相にマッチしている場合は抵抗なく受け入れることが多いのです。それまで常識だと考えられていたことが否定され正反対の事々が正しいとされるとメディアにも注目されます。そんな場合は『目からうろこ』などと表現し、何か得をしたような気がするものです。
『目からうろこ』というような新しい知識は一般にそう多くありませんが、うろこがずれる程度の知識はテレビでも頻繁に放映されています。人々の興味を惹くテーマは『健康』です。『健康』がテーマなら目のウロコが比較的簡単にずれます。

 昨日(2015/05)、HOさんが進行役になる〈HOの今でしょ!講座〉を妻と一緒に見ていました。彼は予備校の講師をしていたといいます。予備校で受験生に対して「いつやるの?今でしょ」というのは凄い示唆です。勉強なんて殆どの人は好きじゃないので、少しでも先延ばしにしたくなるものです。その気持ちにグサリと一突きしました。そして突かれたほうも納得しないわけにいかず、むしろ爽快にさえ感じるのでしょう。しかしメディアで持ち上げられ露出度が高くなるとどうしても食傷気味になります。

 その日の番組で印象に残ったテーマは『カビ』でした。しかし番組ではカビが健康に悪いことを必要以上に強調しているように思えました。チーズ作りに不可欠なカビの話を持ち出さないまでも、カビが不健康なものだと強調され過ぎると、少なからずマユツバの臭いがしてしまうのです。
 その昔、といってもず~と昔ですが、「日本人は蛋白質の摂取量が少ない。野菜ばっかり摂っても力がつかない」というような趣旨の発言が世間に受け入れられていました。未だ戦後といわれた時代でした。その当時小学校で家庭科の先生がちょっと強い調子で「ごぼうなんか繊維ばっかりで栄養にならない」と言っていたのを覚えています。確かに現在のように豊富な食材が手に入る時代でなく日本人の殆どがとても貧しかったのですから間違った指導ではありません。それにごぼうの茶色のアクが健康に役立つポリフェノールだという知識を持っている人などいなかったのです。
 しかしそんな記憶がありますから、知見によっては余りにも普遍的なものであるかのように断定されるとマユツバではないかと訝しく思うのです。それは必ずしも私が斜に構えているからではないと思います。

 ところがそんなスタンスにも拘らず、実は次の日になって風呂のカビ取りをやってしまいました。ここ数日非常に良い天気が続き空気が乾燥していました。妻が浴室の換気扇のフィルターを掃除したいと言います。私も浴室天井のカビについてNHKの〈ためしてガッテン〉でも取り上げていたのを思い出しました。天井は傾斜がないので露が流れ落ちずカビが付きやすいこと。目に見えない程度でも胞子が天井から降り落ちていること。そんなことを思い出したのです。

 作業に取り掛かりました。天井の浴室暖房機と一体になった換気扇のフィルターを引き抜いてみると思ったほどカビていません。しかし見上げているうちに、この際、分解して中をきれいにしたいという気持ちが湧いてきたのです。早速工具箱などを用意して始めました。そしてネジ止めされたカバーを外したその時、カビで真っ黒になった2個のファンが目を射たのでした。すぐに取り外せるものを見定めました。慎重に作業を進めファン2個などを取り外して念入りに洗い流しました。
 思えば天井に取り付けられた暖房換気扇など素人が分解するものではなく、機器は設置されてから10年が経過しています。その間積もり続けたカビが真っ黒い壁のように部品に貼り付いていたのでした。

 これはテレビ番組のお蔭だと思いました。如何にもエキセントリックに進行される番組でも必ずしもマユツバではないのだと考えもしました。天井に向かって反り返りながら奮闘した作業を終え機器が新品のようにきれいになり、満足感に浸ることができました。
……ところがすぐに別の考えも浮かんできたのです。……あれ程のカビが積層している暖房機が10年も天井に有ったのです。番組では、カビが黒く見えなくてもかなりの量が天井にあり降り落ちているもので黒く見える状態では巨大なコロニーになっていると説明していました。
 しかも冬には幾度も暖房器を使ってきました。暖かい気持ちの良い浴室で“とても快適”だったのです。しかし浴室には高濃度のカビの胞子が充満していたに違いありません。
 それでも普通に何ごともなく?暮らしてきました。我が家のような状況はきっと特別ではありません。天井の機器など故障しなければ分解することなどありませんし、また一般には家庭でDIYで分解することも稀なことでしょう。

 知らぬが仏といいますが、或いは何も知らなければ案外平気なのかもしれません。いや、カビがあっても平気でいられるように体の防御力が育ってくるのかも知れません。野生の動物は人間とはかけ離れた環境で生活しています。私たちも動物ですからもう少しだけ清潔のレベルが野生に近づいたほうが自然ではないでしょうか。
 ただそうなると人間の寿命が今よりも短くなる可能性もあります。しかしquality of lifeを失った状態で命だけが失われないなら、本人にも周りの人々にも苦しみ以外の何物でもありません。

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