59 思い遣り

ていいちOTP

 昨日(2015/03/11)、東日本大震災の追悼式が中継されました。遺族代表の言葉を述べたSさんは15歳のとき震災に遭ったのです。津波が迫るなかお母さんが酷い怪我をして瓦礫に挟まれているのを発見し、助けようとしましたが到底一人では助けられる筈もなく「行かないで」と哀願したお母さんに「ありがとう。大好きだよ」と叫んで迫りくる津波から逃れたといいます。お母さんは津波が迫っているのが分からなかったので“早く逃げなさい”と言えなかったのかも知れません。

 現在19歳になったその女性はお母さんを助けられなかったことを生涯忘れられないでしょう。災害で身近な人たちが亡くなる経験をした人たちは命についての思いが深く揺るぎない信条として胸に刻まれるに違いありません。
 病気で命の期限を突き付けられた人も同じですが、人ごとでなく皮膚感覚として深い痛みを経験した人は互いに相手の痛みをも思い遣らないではいられないと思います。

 今朝(2015/03/12)の新聞の読者投稿欄に〔思いやり〕についての主張がありました。投稿では、青少年の残虐な犯罪やいじめを無くすには幼児期から家庭や社会全体で思い遣りの心や感性豊かな“人間力”を養う必要がある旨述べられていました。投稿者によれば、幼児期から古来伝えられている素朴な民話などに触れさせることがとても役に立つのではないかと言われています。おそらく歴史的に語り継がれてきたお話には時代を超える哲学が存在するのでしょう。それは言い換えれば私たちが最大公約数的な幸せを手に入れるための哲学だといってもよいかも知れません。

 それを読んでなるほど確かにそのとおりと感じました。通りを歩いている若い人たちは歩きながら手の平のスマホの画面を凝視しています。時折クルマを運転しながらスマホの画面を見ている人さえいます。スマホを持っていないのですが持っている人によれば、それは携帯できるパソコンなのだそうです。調べてみましたがスマホにはそれ用のOS(Operating System)が使われていて、間違いなくパソコンです。

 ネット経由でダウンロードしたゲームソフトはパソコンゲームなのです。パソコンで遊ぶゲームは遊ぶ人の興味を僅かでも逸らさないよう綿密にプログラムされています。昔テレビで放映されていた『日本むかし話』のようにゆったりした雰囲気の作品は若い人たちにはまどろっこしく刺激がないので詰まらないかも知れません。しかし大切なことが違っています。大袈裟かもしれませんがパソコンゲームには民話から派生した『むかし話』のような深い哲学がありません。あるとしても浅いもので歴史的に語り継がれることなど期待できないでしょう。

 青少年に限らず残虐な犯罪を抑止するには、幼児期から家庭や社会全体で思い遣りの心や感性豊かな“人間力”を養うべきという主張には100%賛成です。ただそれだけでは足りないものがあると思うのです。古くは『女子高生コンクリート詰め事件』から現在報じられている多摩川河川敷での上村くんの殺人事件まで青少年の犯罪には凶悪なものがたくさんあります。13歳の少年をなぶり者にした挙句殺してしまうとは、青少年の犯罪は近年ますます凶悪化しているように見えます。よくこれ程に残虐なことができるものだと呆れ返ると同時に、どうしても18・9歳の凶悪犯罪者に少年法を適用するなどということは社会正義に反するに違いないと腹立たしくなるのです。

 ところで幼児期から社会全体で思い遣りの心を育むという大人たちの心構えは正しいとしても、少し足りないものがあると思うのです。それは苦しみや悲しみ、そして痛みの経験です。現代を生きる子供たちは、身体的にも精神的にも痛くて辛い経験が足りないのではないでしょうか。

 子供たちが大人になる過程でむやみに苦しんだり悲しんだり痛い目に遭うのは避けなければいけませんが、むやみに苦しみ・悲しみから子供たちを遠ざけ過ぎるのも考え物です。幼児から少年になる過程で痛みを殆ど知らないままというのは人間として非常に不自然なことです。自分以外の人たちに優しく思い遣るには自分が苦しんだり悲しんだり痛い目に遭った経験が必要です。そうした経験がなければおそらく形だけのものになるでしょう。それはペットに対して優しくする態度にも共通しているかもしれません。

 子供は一定の年齢になるまで親をはじめとして社会の大人たちに大きく影響されます。しかしそれでも凶悪・残虐な罪を犯した者が未成年なら、少年法の故に被害者にも秘密裏に審判されることが果たして社会正義なのかと疑問を呈したくなるのです。13歳だった上村くんを冬の冷たい水に泳ぐよう命じたあと膝まずかせてカッターナイフで幾度も切り付け、最後に首を切って殺害した18歳の男の顔写真と実名が週刊新潮に掲載されました。そのFという男の人相は少年とはとても思えないものです。未成年であっても事件の重大性に鑑みて写真と実名を載せた週刊新潮のスタンスに賛同したいのです。

 それにしても加害者たちが相手の痛みに思いを馳せることなく凶行を遂げたことが訝しくてなりません。誰でも100%相手の立場に立つことは不可能ですが少しでも思い遣ることができれば、カッターで人の首を切るなんてできるでしょうか。

space
59 思い遣り
inserted by FC2 system