54_ マニュアルシフト 

ていいちOTP

 だいぶ以前になりますが購読している新潟日報の『窓』欄(読者の声欄)に〈愛車〉の特集が組まれました。クルマが好きなのでいつもより興味深く読みました。
愛車に対する思い入れの形は人それぞれで、中には軽自動車を26万キロも使ってきた人、農業従事者でない人が軽トラックの便利さに驚いて軽トラと縁が切れなくなった人など、とても興味深い内容でした。クルマが好きな人やクルマに拘りを持つ人は未だたくさんいらっしゃるようです。

紙面に掲載された投稿の多くが年配者であることも合点がいきました。もともと投稿しようとする人は少なからずクルマへの思い入れが大きく、クルマにマニアックな興味を抱いています。そしてクルマに幾分ステイタスを感じていても、いわゆる高級車には手が出なかったという人たちです。投稿はしませんでしたが私も同じような想いで愛車を楽しんできました。

年配者でなく、ずっと若い人たちは物心ついた頃には既にクルマ社会が成熟していました。現在のクルマは昔と比べると素晴らしく性能が高く、メンテナンスフリー化が進んでいます。昔を知っている私には夢のようなクルマなのですが、却って若い人のクルマへの関心は薄くなりマニアックなクルマ以外は単なる便利な道具だと感じているようです。クルマはありふれた実用品で夢見る対象ではなくなったのです。それは、思い立てば何処へでも行ける、運転にはちょっとした小技が必要だが、それこそが魅力というクルマ社会成熟前の夢の世界が遥か昔の語り草になったということでもあります。

昔なら夢のようなオートマチック、それが更に無段変速のCVTと進化しました。今では軽自動車や小型車の大半がCVTになりました。因みにCVTはContinuously Variable Transmissionの頭文字を並べたものです。またその昔はエアコンは憧れの的で夢のようなデバイスでした。なにしろ家庭でもエアコンのあるのが珍しいという時代でしたから。
そんな現在、殆ど見かけることがなくなったマニュアル車に深い思い入れを抱いて長く使っているという人の投稿も掲載されていました。

投稿では、『クラッチを踏んでギヤチェンジをするマニュアル車を使っているとボケ防止にもなり、瞬時に状況を判断して適切なギアを選択したり半クラッチを使ってオートマではできない微速走行ができたりする。それに何よりも楽しい』と書かれていました。なるほどと思いました。マニュアル車は確かに脳に刺激を感じて楽しいのです。
しかし、ふと考えました。“マニュアル車が本当にボケ防止になる”のでしょうか。刺激を感じて楽しいのは間違いないですが、それは日頃オートマチックばかり使っているからであり、マニュアル車が殆どでオートマチックが珍しかった頃はオートマチックのほうに刺激を感じたのではなかったでしょうか。
マニュアル車の運転では瞬時に適切なギアを選んでクラッチを踏み、そして繋ぐ動作を数え切れないほど繰り返すわけですが、そんな面倒なことを運転している間中ずっと“脳”が意識的にやり続けているでしょうか。もしそうならボケ防止になるかも知れませんが酷く疲れ切ってしまうのではないでしょうか。

私は40歳以降はオートマチック車を使っていますが、それまで21年間マニュアルのクルマを運転しました。そんな時代を思い返しても、マニュアル車の運転操作でそれほど頭を使ったとは思えません。学生時代にアルバイトで普通トラックを運転した時も、ほんの最初の1日2日は長尺の荷台の端が彼方に思え面倒に感じましたがすぐに慣れました。マイカーを持っている家庭など富裕層だけだったので、私にはそのバイトでのトラックが初めて運転したクルマでした。いきなりの“大きな車体のクルマ”だったのですが、慣れてしまえば“瞬時に適切なギアを選んでクラッチを踏んで繋ぐ”ことなど、いちいち意識しなくても勝手に体が動きました。
これは自転車に乗ったり泳いだりするのと同じで、慣れて自分の身に付いてしまえば一つ一つの動作に思考を巡らせることがないと思われます。専門家の方に言わせれば“体が覚えている”ことを再現するにも脳を使っていないわけがないでしょうけれど、その場合は脳の負担を減らすべくショートカットしているのだと思います。

考えてみれば、どんなに難しそうな作業でも『熟練する』ことが可能なら、そして『熟練してしまえば』、その作業はボケ防止にはならないと思うのです。素人としては、そう思います。
以前ふと思い付いた言葉があります。それは〈めんどうはうんどうだ〉です。これを人にいったところ「…あぁ1字違いだねぇ」と応えました。
考えるとクルマの運転は自動車学校入学当初が一番面倒に感じますが、1年もすれば少しも面倒でなくなります。面倒だと感じる時は頭の運動になっていますが熟練してしまえば面倒でなくなり頭の運動にはならないと思うのです。そうなれば脳内のショートカットができあがるのではないでしょうか。

オートマチックやCVT車の運転操作とマニュアル車の運転ではギヤチェンジのあるなしで面倒の程度がかなり違うようにも見えますが所詮は熟練が可能です。熟練によって面倒でなくなればボケ防止効果は限りなく小さくなると思います。
年齢を経るにつれて生活全般にわたって熟練の域に入る事々が多くなってくるとすれば、もはや脳を相当程度使う局面が少なくなるのは避けられないと諦観するのが賢い生き方かも知れません。

ただ分野を問わず日々同じことを繰り返すルーティンワークばかりでなく、クリエイティブな作業を探すのが呆け防止になり、賢明かもしれません。創意工夫を必要とする作業では熟練の余地が少ないと想像できます。
別な見方をすれば、未経験のことに取り組んだり困ったことに直面したりすればクリエイティブな活動を迫られるので呆け防止になるのでしょう。
そのように考えるとマニュアル車の運転が呆け防止になるのはクラッチ操作やギヤチェンジを“体が思い出す”までの短い時間だけだと思います。或いはギヤチェンジを楽しめるならずっと前頭葉が活性化しているのでしょうか。

(この文章はクルマが好きなだけの私の素人考えを文章にしていますので、たくさん間違いがあるかも知れません)

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