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ていいちOTP

  この4月(平成26年4月)を迎えるとリタイヤして丸9年になります。性格的に合わない仕事をしていたので待ち望んだ〈サンデー毎日〉でした。現役の時代は緊張の毎日でした。元々ネクラでオタクっぽい性格だったのに、なぜ人を相手にする仕事を選んでしまったのか不思議に思います。学生時代に部屋を借りていたアパートの管理をしている家主の小母さんが
「ていいちさんは他の仕事なら何でも向いてると思うけど、それは一番向いてへんと思うわ…」といったその仕事に就いたのでした。

 そんな仕事を長年続けている間に顔の表情が暗い方に固定してきました。職場では場に応じて心を意識的に掻き立てて表情を作りますが、職場を離れ気侭が許されると余裕のない顔になったと思い返しています。しかしリタイヤが近付いてくる頃、その日がやってくれば子供のように何物にも縛られない表情が戻るかもしれないと期待しました。今では定年を迎えるような年になって、そんなことを夢想したのは余りに無邪気だったと思います。ただ日々の暮らしの場面によっては屈託のない表情で写真に写っていることもあります。

 現在はデジカメの時代でフィルムカメラのように撮影枚数を気にすることなくシャッターを切れますので、自分が写った画像を見る機会が多くなりました。写真は鏡と違って表情が止まるので誤魔化しがきかず年々おじいさん顔が強くなりますが、中には老顔なりに柔和な表情で写っている画像もあります。

 テレビの面白い番組を見ると素直に笑いがこみ上げますが、感動して素晴らしいと感じると表情が硬くなってしまい、妻が
「どうしてそんなクソ真面目な顔してテレビ見なきゃならないの?」と言うことがあります。生来余裕がない性格を嘆くばかりです。

 夕刻に放送されているNHKの〈ゆうどきネット〉には『人生ドラマチック』というコーナーがあり、毎回“人生の達人”が登場します。概ねメディアで脚光を浴びた人について陰の苦労を披露するという趣向ですが、中には現在まで変わることなく重荷を心に抱えているという人もいます。作家の宮本輝さんや俳優の草刈正雄さんがそうでした。小説家は、エンターテイメントでなければ、辛いことや恥ずかしいこと・劣等感などが心のうちに潜在していなければ読者の心を打つ作品を作ることはできないと思いますが、草刈正雄さんのお話は印象的でした。

 草刈さんはアメリカ人を父にもち、彫の深い顔で若い頃から脚光を浴びていましたが、お父さんが朝鮮戦争で戦死したこともあり、貧しい少年時代を過ごしたといいます。そしてメディアで見る限り華々しい活躍をしていながら現在でも心からの自信がないというのです。草刈正雄さんのような人でも人生に自信がないというのは衝撃的です。そして自信のない年月を過ごしてきた我が身を思って親近感も湧いたのでした。
 『人生ドラマチック』で普通なら隠しておくような自身の恥部をカミングアウトする場合、その表情は真摯で余裕がないことが多いのですが、もし堂々と人生の恥部を曝け出しているなら、それは過去を踏み越えているのかも知れません。

 テレビの出演者を見ていると能天気に如何にも楽しそうに“演じ”ている人をごく普通に見ることができます。最近やたらに多いバラエティ番組の出演者は殆ど例外なくハイテンションであり、その姿や声を聞いていると騒がしくて逃げ出したくなることもあります。でも最近あの種の番組でも演出が為されていて台本まで用意されていると知って却って興味深くなりました。

 それに対してドキュメンタリー番組では“ありのまま”を見せていて迫力が感じられます。更にナレーションは敢えてテンションを下げて真に迫る雰囲気を醸し出しています。そのためドキュメンタリー番組は落ち着いて見ていられます。でもドキュメンタリーであっても最近は“やらせ”などがあるらしく残念なことではあります。

 ところで出演者の中にはその態度や表情のせいで、つい話を割り引いて聴いてしまう人がいます。それは〈ゆうどきネット〉に時々出演される発酵学の権威とされるK氏です。K氏は発酵に関する著書も数多い有名な学者です。現在は名誉教授の肩書をお持ちです。番組でK氏は全国の発酵食品について懸命にお話をされます。発酵食品が如何に素晴らしいか、どれほど人々の古来の知恵の結晶であるか、口角泡を飛ばさんばかりに解説をされます。

 ところが、懸命に時には身振り手振りを交えて解説されている姿を見ていると、話の中身が眉唾ではないかという気がしてくるのです。
 何故そう感じるのでしょう。K氏は発酵食品について語るとき、余りに熱っぽく喋るのでご自身の話に酔っておられるように見えてしまうのです。それはもはや冷静な科学者の姿ではなく、その昔路上で巧みな口上を頼りに物を売っていた人を彷彿とさせるほどなのです。

 子供の頃、火事場から持ってきたという万年筆を売る人がいました。万年筆はインチキですが、その口上は天下一品の上等なものでした。彼等はインチキ商品を売るために巧みに見物客を煙にまいて酔わせました。売り手は顔を紅潮させて自身に酔っているかのようですが、実は冷静に見物人を酔わせる努力をしていたに違いありません。

 学者が科学的な話をする場面では概ね熱くならないものです。相手に自説を紹介するとき“情熱的に”グイグイ押したりしないと思います。科学者は冷静に論理を詰めて見せなければなりません。そして結果的に相手を熱くさせるのではないでしょうか。K氏はご自身が熱くなって話をされるので見ている方は逆に覚めてしまうのです。


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