41 山登り

ていいちOTP

  中高年の登山がブームのようになって、もうどのくらいになるのでしょう。最近ではメディアでも登山を取り上げる番組を目にすることが多くなってきました。そうした番組で若い女優さんやタレントさんを一緒に登らせるものも少なくありません。そのせいかここ数年のことですが登山(ハイキング)に出かけると若い男女で登ってくる人たちともよくすれ違うようになってきました。

 遥かな昔まだ若かったころと比べると、靴・リュック・雨具などの登山用品は随分進歩しました。昭和40年(1960)前後のリュックサックは横長で厚い生地でできていました。そのためか雨に遭えば水が浸み込んで重くなりました。何より背中から両側に大きくはみ出しているので狭い路や人込みでは体を横にして歩かなければならず、そのため当時はリュックサックを担いだ人たちは“カニ族”と呼ばれていました。それに比べると現在のリュックサックは体の動きに逆らわず余計な疲れを避けることができます。

 ところで登山を楽しむ人たちに中高年が多いのはどうしてでしょう。中高年者は若い人たちが親しんでいるIT関連グッズに戸惑い、訝しくも感じています。そのため余暇の過ごし方の選択肢が少ないのかも知れません。また年齢を経ると誰しも健康に対する自信が揺らぐので山歩きを健康増進・維持に役立てようという思いもあるのでしょう。

 登山には確かに大きな魅力があります。登っている時はとても辛い思いをしますが平坦な場所になると救われたように楽になります。そして山の上には、自らの脚で登らなければ“経験”できない雄大な風景が展開します。そんな経験をすると登山は一石二鳥、三鳥だと考えるようになるかも知れません。
 そんな中高年が魅了されるのが深田久弥の〈日本百名山〉です。日本百名山を読んだことはないのですが、書籍名が日本の100の名山だと理解され、百名山に名のある山を登る番組が頻繁に放送されるようになりました。その結果、日本百名山の山名が中高年にとって身近な存在になったのです。そして若いころに登山など縁がなかった人たちまでも百名山に憧れるという結果をもたらしています。あまつさえ、そんな中高年者向けに各地の旅行会社が百名山を登るツアーを企画して参加者を募るようになりました。

 〈日本百名山〉と銘打った山を見ると中高年には厳しいと思える山が多く含まれています。学生時代ほんの少しだけ山登りの真似事をしただけで、あとは中年になってから妻に誘われてハイキングやハイキングと登山の間くらいの山歩きをしているだけなので深い知識はありませんが、登山の専門家といってもいい深田久弥が日本百名山の名を冠した山の殆どは子育てを終えた時期の中高年が登山を始めるには難しい山だと思います。しかしそれでも百名山を登るツアーに参加する人が意外に大勢いて、登山ツアーは盛況です。なぜなのか不思議です。

 以前、『登山とゴルフは健康に良くない場合がある…』という内容の番組を記憶しています。ゴルフのことは知りませんが、要するに途中で止められないことがその理由だと言っていたのを記憶しています。登山の場合は歩き始めると頂上に立たずしては下山し難いからです。
 私たちは趣味の登山であっても頂上を極めることを自身に課してしまうのです。それは日本人の心に広く潜在している精神論が自身を縛っているからではないかと思います。

 それは登っている時の肉体の辛さをも喜びとし、それに耐えた者だけが知る頂上での解放感を楽しめるという考え方です。数多くハイキングをしましたが、確かに頂上での喜びは大きいと思います。たとえ運悪くガスで風景が見えなくとも頂上での解放感は大きいです。
 登山では自分の体力と相談して登山路を楽しむのは素晴らしいです。しかし頂上に立つことが目的で、その為には自分の限界を超えるようなルートでも歯を食いしばり“根性を入れて”克服するという態度には違和感を覚えます。それは山歩きを楽しむというよりも頂上まで到達することが至上の目的と化していて、もはや修行僧の『行』と同じになっているのです。

 山歩きに『行』のような精神主義を混ぜるのは如何にも日本人的です。中でも戦後の貧しく物がない時代を経験した中高年者らしい考え方です。物がなくとも金がなくとも『修行』するように毎日を“頑張って”きたので、精神主義が染み付くのも無理はありません。しかし登山では自らの体力・体調をよく考えて“楽しめる程度”に路を行くのが王道です。中高年が山で遭難する事件をみる度にそう考えます。
 もちろん偉そうなことを言うつもりはなく自分に対する戒めとも感じています。ただ子供の頃から体力が十分でなく“根性”も足りないので『引き返す』のにそれほど勇気は要らないとも思っています。それでもあと“少し”で頂上というなら限界に近付いても、つい無理をしてしまう可能性はあります。

 いずれにしても登山の専門家といってもよい深田久弥の著書に載っている山々を、中高年になってから登山を始める人たちが目標とするのは、登山路の整備や装備が進歩しているとはいえ、やはり無理があるでしょう。
 登山に限らず私たちは“有名”で“皆がやる”ことを自分もやりたくなる傾向があります。しかし他の人と同じでありたい、後れをとりたくないという意識は、裏返せば自分が十分納得できる信条を確立できていないということです。そういう人が日本人には多いのかもしれません。


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